鬼熊事件

①事件発生

1926年8月19日深夜、千葉県香取郡久賀村(現:多古町)高津原地区にある居酒屋「上州屋」にて岩淵熊次郎は愛人のKさんは寅松という男性と交際していたことを知りKさんの髪をつかんで、庭先に引きずり出し、暴行を加えたうえ、土間に積んであった薪をつかんで、何度も殴打し殺害した。

この際、Kさんの祖母にも頭などに重傷を負わせた。

 

 

 

 

②熊次郎暴走劇

その後、次に熊次郎は、寅松の父親の家へと走った。

寅松の父親は、熊次郎とKさんの仲を裂こうとした人物であり、

「熊次郎と別れて、息子の寅松と一緒になってくれ。」

などとKさんに言っていた人物である。Kと情夫の仲を取り持っていた知人の菅松の家を放火。

 

駆け付けた村の消防組員が消火しようとしたが

「火を消すと承知しないぞ」

と叫び、鍬を振り回して消火活動の邪魔をした。

この際、組員ふたりが鍬で殴られてけがを負った。  

続いて、駐在の向後国松巡査が事件の知らせを受けて出掛け、無人になっていた村の駐在所に熊次郎は侵入し、巡査が所有するサーベルを盗み出した。

 

 

熊次郎は盗んだサーベルを持って午前3時頃、次浦地区にある農家の岩井長松の家を訪れた。

岩井長松は熊次郎にとってKさん以前の女性問題で恨みを持っており殺意の波動をまとい家に突入してきた。

 

「ちょっと開けてくれ。急用ができた」

 

と声を掛けて戸を開けさせた。

何事かと顔を出した長松に熊次郎はいきなりサーベルで切り付け、悲鳴を上げながら表によろけ出て逃げようとしたところを追いかけて、さらに2~3回サーベルを長松に振り下ろして殺害した。

 

 

サーベルを持って、いったん自宅に戻って来た熊次郎だが午前4時ごろ、熊次郎の実兄清次郎宅近くの道に張り込んでいた多古警察署の山越信司巡査に見つかり、

「熊次郎、待て!」と声を掛けた。

熊次郎は持っていたサーベルで山越巡査の頭に切りつけ、格闘に。

捕縄で取り押さえられそうになったが、巡査の親指にかみつき

サーベルが切りつけ瀕死の重傷を負わせ、ひるんだすきに山林に逃げ込んだ。

 

それから40日以上にわたって警察官、消防団青年団など計5万人を動員し大捜査網を尻目に逃走劇を展開した。

 

 

熊次郎は

「鬼熊」

 

と呼ばれ、その名を広く世間に知らしめることになる。

 

9月12日、いったん山から降りて来た熊次郎は、ばったりと巡回中の警官に会い、この時も格闘の末にサーベルによって殺害している。 最終的に熊次郎が殺害した者は5人となり、そのうちの2人は警官だった。 

 

そんな恐怖の鬼熊こと熊次郎は村人たちから好かれていた。

 

逆に殺されたおけいや長松は

「色仕掛けでお客を引っ張る」

などと言われ、村の中でも嫌われ者の方であった。

 

それに加え、この時代、警官たちは庶民に対してかなり威張り散らしたり高圧的な態度をとったりしていた者が多く、庶民の大半が警察に反感を持っていた時代でもあった。

 

「嫌いな奴らを殺してくれた上に、警官まで殺してくれるとは、熊さんさすがじゃ」

 

 

こういった意識が多くの村人の中にあったらしい。

熊次郎に世話になった人、事件に対して

 

「よくやってくれた!!」

 

と思っていた村人たちが、熊次郎のために縁側に食べ物を置いておいたり、こっそりと泊めてやったり、食事を提供したりした。村ぐるみで熊次郎の逃亡を助けていたのである。 更に、警察に嘘の情報を流して捜査を混乱させたりもした。

 

 

③熊次郎の最後

大正15年9月28日

熊次郎は自殺を完全に決意。

 

9月29日

首を吊ったり首の動脈を切るなどしたが、死に切れなかった。

 

9月30日

熊次郎の兄や村人たちは、熊次郎から頼まれていた毒入りのモナカを熊次郎に手渡した。 熊次郎は、村人や新聞記者の立ち合いのもと、先祖代々の墓の前でそれを食べ、カミソリで再び首の動脈を切り、午前11時20分ごろようやく死ぬことが出来た。ただ、首の傷の方はそれほどの傷でもなかったらしく、直接の死因は毒物の方であった。

 

 

 

事件当時、新聞などのメディアでは、岩淵が自分を裏切った者に対する復讐として事件を起こしたと同情的な記事を掲載していた。

さらに、当時の警察官は一般人などに威張り散らした言動が多く、反感を買うことも多かったことから、警察官を殺傷したことも全国的な人気を得る一因となった。

加えて逃亡の末に自殺したことも潔い最期として賞賛されたという

 

事件後、岩淵を匿ったり自殺に立ち会った村人や新聞記者が裁判にかけられるが、自殺幇助となった記者や知人はいずれも執行猶予つきの温情判決が下され、村人たちも無罪とされた。

 

鬼熊は大正のダークヒーローだったのかもしれない。